2016年10月20日に乃木坂46の新曲『サヨナラの意味』のPV(MV)が公開されて、その謎めいたPVにファンも混乱しているのではないでしょうか?
今回は、『サヨナラの意味』のPVの中でもラストシーン!
- 西野七瀬が家に帰ってきたら橋本奈々未がいなかった
そして、『帝都ユキの切符』の解釈をして、そこから見えてくるPVの世界観を推論していきます。
か・な・り!いい線いっているのではないかと思うので、是非お楽しみください♪
目次
乃木坂46『サヨナラの意味』PVの基本設定
まずは『サヨナラの意味』の基本設定だけサラリと。
かつて、舞台となる村では人と『棘人(しじん)』が争っていたが、今は和解し、共に生活をしています。
しかし、村には棘刀式(しとうしき)という儀式があり、そこでドラマが生まれてしまいます。
棘人とは?
手から腕にかけて棘が生えている人間のことです。
『とげにん』ではありませんよ(笑)
おっと、危ないな!
近づかないでくれよ!!
と言いたくなるような手をしていますね。
おそらく、このおぞましい見た目と実際に人を怪我させてしまったことから迫害を受けたりし、最終的にはお互いが相いれない存在になってしまったのでしょう。
棘刀式(しとうしき)とは?
しかし、争いはなくなり、棘刀式(しとうしき)という儀式をして、『もう争わない』という誓いを毎年しているようです!
棘刀式の内容は、棘人のトゲを人間が切る!という舞踊のような踊り込みの儀式です。
- 棘を切る側(西野七瀬)
- 棘を切られる側(橋本奈々未)
の関係で毎年、村から代表者を1人輩出していく掟です。
『サヨナラの意味』の時系列は?
今回のPVは、
- 棘刀式の1か月前(初対面)
- 棘刀式の練習(いざこざ)
- 練習後に和解(本を交換)
- 棘人親子の喧嘩(徳山大五郎)
- 当日
- その後
という、時系列でストーリーが展開していきます。
細かく区切るとキリがないので、メインのポイントだけ抑えますね!
ラストを語る上で大事な要素になってくるのは、棘人親子の喧嘩からなのでそこからいきましょう♪
棘人親子の喧嘩(ななみんVS徳山大五郎)
棘人・橋本奈々未は棘刀式の練習後に、人・西野七瀬と和解をして自分たちの本を交換します。
そして橋本奈々未が家で、体育すわりをしながら『人の本』を読んでいると棘人のお父さん・徳山大五郎が本を没収します( ゚Д゚)
まるで
『そんな本を読むんじゃない!』
『お前は棘刀式の稽古だけをしていればいいんだ!』
と言わんばかりに。
さて、ここから個人的な推測が始まりますよ。
棘人のお父さんは「人を嫌っているのではないか」と思うのです。
人間の本を読んでいたら、あんなに怒るなんて少し不自然じゃないですか?
だから棘人の親の世代には、人間に対する不信感とか確執が残っているのではないかと推測できそうですよね。
若い世代は人に手を振ったりして、フレンドリーな雰囲気は感じます。
しかし、棘人の大人たちは棘刀式(しとうしき)も慣習としてやっているだけで、本当は人に対する敵意があるのではないかと思われます。
現に人の世界では、いまだに棘人を批判するようなポスターとかが貼ってありますからね。
大人世代の棘人たちが抱く人への闇は深そうです。
その後、橋本奈々未はプチ家出をして、その姿を西野七瀬に発見されてしまいます。
西野は『棘人の本』を読み、途中に”帝都ユキ”の電車の切符が挟んであることを確認。
そのページには棘が生えていても、仲良く手をとる人と棘人が描かれていました。
そして川辺(?)で遠くの街(帝都?)を見つめる橋本奈々未を見て
(この子は帝都にいって、棘が生えたまま人と仲良くしたいんだな・・・。)
と思ったのでしょう。
棘刀式(しとうしき)当日 ~ その後ラスト
ここまで言えば、だいたいわかるでしょうが、棘刀式(しとうしき)では、西野は橋本のトゲを切りません(笑)
それどころか、会場のみんなの心が一つになり、どんちゃん騒ぎになるのです\(゜ロ\)(/ロ゜)/
それから数日後(?)、橋本奈々未の家を訪れた西野は
『ななみ~?』
と声をかけるも、誰もおらず。
襖を開けて、橋本奈々未の幻想(?)を見るも、実際には誰もおらず、西野が襖を閉めるところでPVは終了します。
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帝都ユキの切符が意味するものとは?帝都とはどこなのか?
それではここからはPVの解釈にいきましょう!
まず、『帝都ユキの切符』についてですね。
この帝都というのは、人と棘人が差別なく仲良く暮らしている世界のことを指しています。
しかもその場所は東京ですね。
『帝都ユキ』の切符が挟んであったページに東京タワーが写っているのが、それを物語っています。
昔は東京のことを帝都って呼んでいましたね(*^^*)
帝都では、棘刀式でトゲを切ることなく、『ありのままの自分』を受けいれてくれる。
そんな希望を橋本奈々未に与えてくれる夢の街なのでしょう。
『サヨナラの意味』PVラストはバッドエンド?
さて、それではラストについてです。
ラストは橋本奈々未さんがいなくなって終わりますよね?
では、何故いなくなってしまったのか??
『夢オチ?』
『帝都に行ったの?』
なんて意見もあると思いますが、私の個人意見は違います。
それは・・・。
『サヨナラの意味』のPVバットエンド説・・・。
途中にもお話しましたが、棘人の大人たちは『人』を嫌っています。(嫌っていると思います)
では、橋本奈々未たちが棘刀式した行為はどう思われるでしょうか??
大人たちにとっては、
『誓いが果たされていない』
『裏切者だ』
という意見が飛び交うのではないでしょうか?
なので、橋本奈々未がいなくなってしまったのは、棘人たちから追い出されたのではないか?
という解釈です。
『ななみんは帝都に行ったんだよ』
という意見もあるかもしれませんが、棘刀式で本当に村に差別がなくなったのであれば、帝都に行く必要がないじゃないですか?
いなくなった、ということは『いれなくなった』理由があると考えるのが普通です。
ということは、村の古い考えを持った大人たちに裏切者扱いされてしまった説がありえるわけですよね~。
しかも、今回は橋本奈々未さんは乃木坂46を卒業するわけですから、大人たちにとっては『裏切者』として映っている可能性もある?
そういう目でPVを見ると、本当に深くなっていきます。
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あとがき
今回は乃木坂46の『サヨナラの意味』のラストシーンや帝都ユキの切符についてふれていきました。
まあ、あくまでも私の仮説ですので、「そういう見方もある」というように楽しんでもらえればと思います(笑)
それでは今回はこれにて!!
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「帝都行き」の切符を見て、なぜ嶋田氏を父親役に配役したのか
わかりました。
これはスタッフのお遊びだと思うのですが
嶋田久作さんのデビュー作「帝都物語」魔人:加藤役ですもんね